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(旧)サークル・ダルメシアンのブログ

非行克服支援センターでの講演
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    非行克服支援センター

    先日、NPO法人非行克服支援センターの非行問題ボランティア相談員の勉強会に講師として呼んでいただきました。
    そこで私の被虐の体験を語らせていただきました。
    私が今、多くの方々に知って頂きたいことは、私のような被虐待体験者の幼少期には温かな家庭がないと言うことです。
    最近のテレビや映画でよく映し出される「家族愛」に満ち溢れている家族の物語は、
    とても美しく、また羨ましく思いながら、「本来あるべき家庭とはこんな感じなんだ」と
    学ばせていただいております。
    なぜならば、私のような被虐待体験者の家庭とは全く違うからです。
    では実際にどんな家庭環境で育ってきているのか?
    多くの人にイメージしてもらいやすいように具体的に例をあげるとしたら、宮尾登美子さんの世界に出てくるような、「遊郭に売られた子ども」のような世界が現実にあり、幼少期の家庭としてこんな環境の中で育っているからです。
    そして小説と違うところは、遊郭のだんなさんや女将さんが他人ではなく、実の両親だという事の怖さなのです。
    このような家庭で育ってきた子ども達は、親から褒めてもらったことが殆どありません。
    逆に生まれた時から、悪魔よばわりされたり、汚い子として罵られて、根拠のないそれらの事を理由に、暴力を受けたり、性的虐待を受けて育ってきました。
    だから本当は誰よりも、「温かな家庭がほしいのです。」
    ですがいくら求めても、両親の考えが狂ってしまっている以上、手には入りません。
    そこにテレビや映画で温かな家族像を頻繁に打ち出されると、辛くてたまらなくなり
    中には、幸せそうな家庭を羨むばかりに壊してやろうと思い、実行する人間もでてくるのです。
    私は何度もこのような話をマスコミ関係の方々に訴えておりますが、「他人の不幸は面白く、映し出すなら徹底して悲惨な場面か、もしくはお涙ちょうだいのような、とても美しいところだけを見たい」と言われてきました。
    こんな考えが多くの犯罪者を作り出してしまう事に、早く気づいてほしいと思います。
    ですが、そんな中でも一個人となるととてもいい人たちなのです。
    先日の痛ましいJR福知山線の事故によって、JRの会社の体質が問われております。
    この件からも同様に、会社と言う大きな組織は、本来持っている人間の心を壊してしまう大変恐ろしい場所のように、私には思えます。
    また、勉強会終了後、ある青少年更生施設(仮称)の先生が私に声をかけて下さいました。
    先生がおっしゃるには、「施設に送られてくる子ども達の中で被虐体験がある子どもは、どのように接し、更生へ導こうとしても全く反応がなく、従来のような精神治療や心理療法を取り入れても、最初の一歩が踏み出せず困っている」とのことでした。
    ここでもう一つ知って頂きたい事は、被虐待の度合と虐待の種類です。
    2004年「虐待死をまぬがれて」の冊子を無料配布させて頂く為に行政に限らず、
    多くの相談窓口を回らせていただきました。
    そんな人との関わりの中で耳にするのは、
    「人間だから100%完璧なことは出来ないでしょう?」この言葉です。
    しかし私のような虐待のサバイバーや被虐児童は、
    親から100%の事を要求されて、それが出来て当たり前で、
    なおかつ200%が達成出来ない事を理由に、過酷な虐待を受けて育っています。
    前述の家庭環境だったからこそ、子どもらしい子ども時代がなかったために、
    現在アダルトチルドレン(AC)になってしまっているのです。
    またその虐待は「生と死」を分けるような壮絶なものですから、
    必死で200%を達成しょうと努力するのです。
    そして彼らは、自分の生き方が間違っているのか?正しいのか?
    と言う事を、誰かに教えて欲しいと思っているから悩むのです。
    本来はその誰かは親のはずなのですが、彼らの家庭にはその機能が有りません。
    だから苦しいのです。
    幼少期から生きるために自然に身についた達成度の努力の違いが、
    「被虐待の度合と虐待の種類の違い」だと考えて下さい。
    そしてその違いが「虐待」という問題の理解を難解にしていると私は考えています。
    仮に私は、このように分類しています。
    _垢な家庭で育つ「心の健常者」(100%の達成度で満足)
    温かな家庭で育つ「子とな」(大人なのに子ども) (50%の達成度でも努力出来ない)
    K寨茲硫板蹐鮹里蕕覆ぁ嵜瓦両祿下圈廖複腺叩法 複横娃亜鵑鮹成しても気づけない)
    実際被虐者は、自分より相手が尊敬できないと心を開かず、また人間としてはたとえ現実の実年齢は若くとも、心の部分でははるかに大人として成長している為に、更生施設の先生の内面を本能的に100%ないし50%だと見抜いてしまうから心が開放できないのだと
    私は考えています。
    本来のカウンセリングは、カウンセラーが答えを出すものではないとされていますが、この200%のタイプと接する場合は、まず私自らが被虐の体験とその体験をどのように乗り越えたかを語り、身をもって相手にぶつかっていかない限り、心は開いてくれないのです。
    また心を一度開いてくれた人間には、責任をもって物事を正確に教えて導いていくことが大切なのです。
    なぜならは、200%の彼らはいつも自分で多くの責任を取らされてきており、人に甘えたり他人に相談することを知らないからです。
    そして彼らの育ってきた家庭環境そのものが、間違っているという事を気付かせてあげることが必要なのです。
    そこには利害関係もなく、商売にも繋がりません。
    あるのはいかにカウンセラーが擬似家族として「親の愛情」を与えてあげられるかによって助けられるのです。
    責任を持つ以上、相手を裏切らずに真剣に考えて、男女間の愛ではない、人間としての本来の「愛情」を与えてあげられるかにより、彼らを救える事だと、多くの体験を通して私は学びました。
    そうして現在もこのような200%の人間と関わり、正しい自分を取り戻すためのお手伝いをさせていただいております。
    またこのタイプの人は、自分に気付けると200%の性質上、立ち直るのもとても早いのです。

    岡田ユキ

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    | ユキ通信 | 00:34 | comments(1) | trackbacks(4) | - | - |
    矢沢永吉さんに励まされて
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      成りあがり―矢沢永吉激論集
      成りあがり―矢沢永吉激論集
      矢沢 永吉


      今から約9年前、私は1冊の本と出会いました。
      その本とは矢沢永吉さんの「成りあがり」です。
      当時の私は生活に追われ、息子の子育てと必死の毎日でした。
      しかしまだ現在の私のように自分自身で何も気持ちの整理がつかず、実家の母からの電話によって、私の将来を不安にさせるような嫌がらせを感じながらも、ただメジャーデビューすることを夢みておりました。
      有名になれば、自分の将来の不安も取り除かれ、母親も見返す事が出来ると勘違いしていたのです。
      レコード会社のディレクターにデモテープを聞いてもらうと、まず私の年齢の事を指摘されました。
      次にターゲット(対象年齢層)は?と聞かれるのです。
      私は年齢など関係なくと多くの人に聞いて欲しいと言うと、「それだけじゃだめだね!」とはねつけられました。
      また実際に息子を育てていくとなぜか、両親の気持ちが理解出来るどころか、反対に「あれ?何かが違うのでは?」と両親に対して日増しに疑問が沸いてくるのでした。
      またその数年前から、経済面や心の苦しさから藁をもすがる思いで、ある宗教にも入っておりました。
      そこでは宗教と言うよりも組織に対しての寄付の強要や代表者やそれを代弁する幹部の教えが全てと言われながらも自分では何かおかしいと疑問がわきました。
      宗教の世界なら日々の現実の社会のように上下関係もなく、純粋な世界で自分と向き合えると思ったのですが、まったく逆で現実の社会以上に階級差別を感じてしまいました。
      私は数年前にやっとの思いで脱会しましたが、かなり酷い目にあいました。
      そんな中で出会った「成りあがり」は、まさに私の人生を先に歩いている先輩が書いてくれた、私にとっての大切なバイブルだと思いました。
      読み進むうちに涙があふれ、まさに永ちゃんの過去の人生と、私の現在の人生がダブったのです。
      私にとって永年探し求めていたものに初めて出会えた瞬間でした。
      ですからこれほど嬉しい事はなく、1度読み終えても何度も何度も繰り返し読みました。
      今まで宗教に求めていた答えを私は「成りあがり」で得ることができたのです。
      過去の私は被虐体験によりかなり心が捻じ曲がっていました。
      永ちゃんの成りあがりが出版された当時私は高校生でした。
      友達の間でこの本が盛り上り、私にも「読むと感動するよ!」と友達は貸してくれましたが、それまで読書の習慣がなかった私は2〜3ページほど読んで友達に返し、読んだふりをしていたのです。
      それから数年たって社会人となり、当時仲の良かった友達が大の矢沢永吉ファンでやはり私に「成りあがり」を貸してくれたのですが、成功している永ちゃんが羨ましく、「私ジョニ−大倉のファンやし」と言ってその時も読まなかったのです。
      そして3度目が9年前、上京と共にがむしゃらにいろいろな本を読んで、自分探しをしていた時、行き着けの本屋さんで偶然「成りあがり」を見つけたのです。
      このタイトルを見つけたときなぜか懐かしさと、3度目と言う運命を感じました。
      スターの矢沢とマイナーな私、まったく立場は違うのになぜかちょっぴり気になったのでしょう。思わず手にとり買ってしまったのです。
      家に帰って読み出すと「えー?」「そんな?」「矢沢永吉さんとはなんと素晴らしい人?」と
      感動を押さえきれずに、喜びのあまり永ちゃんに手紙を書きました。
      翌日友達に「永ちゃんに手紙を書いて送った」と言ったら、「いい年してファンレターなんか書いて、天下の矢沢が読むわけないよ!」と思いっきり馬鹿にされました。
      ですがそれから数日後、驚いた事に永ちゃん本人から「矢沢です、岡田さん?手紙読んだよ」と言って電話をかけて来てくださったのです。
      私は信じられないような、でも嬉しいけど、ほんまもんの矢沢永吉さんやし、緊張しながら
      「は・はい」と答えました。
      電話の内容は、私の手紙を読んで直接私に「頑張って欲しい!」と伝えたかったそうです。
      永ちゃんの話によると、ファンレターは必ず読んでいるそうです、ですがこうして自分から
      直接電話した事はなかったそうです。
      私は永ちゃんに送った手紙の中に、同じ音楽家として私のデモテープも同封しておいたのです。なぜなら私の作った曲(愛する人々へを聴く)や歌を聴いてもらう事により、真剣に永ちゃんに手紙を書いた事を伝えたかったからです。
      そして嬉しい事にその思いが、永ちゃんには伝わったのでした。
      永ちゃんのお話では、私はいい曲を書くし、声もすごくいいのに、どうしてレコード会社が認めないんだろうね?と思ったそうです。
      だから「今の現実は苦しくても音楽だけは捨てないで頑張ってほしい」と私に一言自分の口で伝えたかったのだそうです。
      矢沢永吉さんとは、本当に心のある温かい人です。
      「永ちゃん、今までごめんなさい」(ファンの皆様ごめんなさい)と何度いっても足りない私でした。
      その電話がきっかけとなり私が手紙を書き、たまに永ちゃんが励ましの電話を下さるというように、とても美しい心の関係を今も築いております。
      私は現実が苦しくて何度も音楽の道を捨てようと思いましたが、そのたびに永ちゃんから「ブルーなんだって?」と電話を頂き慰めてもらいながら、「ユキさんの生き方や考え方は全然間違っていなくて、おかしいのは今の世の中だよ、むしろユキさんのような人間が世の中にでていかなくてはいけないんだよ!だからもっと強くなって頑張って!」と励ましてもらったから、現在の私があるのです。
      私が永ちゃんに初めて送った手紙に書いたことは、「私は女性版、矢沢永吉になります」
      永ちゃんのように責任をもって、若者達に夢や希望そして勇気を与えられる人になりたいと思ったからです。そういい切った以上、頑張らなければいけないんです。
      永ちゃんはスターだから遠い人と思っていたけれど、スターだからこそ人の痛みや心の温かさは誰よりもよく知っている人だったのです。
      この9年永ちゃんとは一度も面識はありませんが「心の師」として私の苦しみを知り、一番理解してくださった人でしょう。
      思い起こせば永ちゃんは私のカウンセラーだったんですね!だからこそ今永ちゃんに対する感謝の気持ちが、苦しみの渦中にいる人の役に立ちたいと言う思いに変わっているのだと思います。
      たまに私はカウンセリングの時に永ちゃんとの方法を使うときがあります。
      それにより数人が立ち直っています。
      「永ちゃんほんまにありがとう!これからもがんばります。」

      岡田ユキ

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      矢沢 永吉
      | ユキ通信 | 14:24 | comments(12) | trackbacks(8) | - | - |
      第3回一字千金賞に入選しました。
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        私は時間が出来ると、詩を書いたり、曲を作ったりしてストレスを解消しています。
        今回応募した一字千金賞コンテストで下記の文章が入選しました。
        「大地のごとく雄大に、時には激しく嵐のように、木々を揺さぶる愛の深さは計り知れない」
        今回のテーマはおやじ(親父)でしたが、これは私にとっての理想の父親ということなんでしょうか。現実にはかなり違いますが・・・

        岡田ユキ

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        | ユキ通信 | 18:56 | comments(2) | trackbacks(1) | - | - |
        恩師との再会
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          先日31年ぶりに私の小学校5,6年時代の担任だった、玉子先生とお会いしました。
          実は、1999年に私が卒業した小学校の校舎が取り壊されることになり、それをきっかけに6年生時代のクラスの同窓会の案内が来ていたのです。(ちなみにこの小学校は都はるみさんの母校でもあります)その後も校舎が新しくなり、ほぼ2年に一度同窓会が開催されることになったのです。
          私自身どんな顔をしてみんなに会えばいいのか?
          同窓会の案内をもらうたびに戸惑い、その結果何度も無視してきました。
          しかし今回、ブログに書きました「性的虐待をした兄との和解の一歩」や「性的虐待の傷を乗り越える為」の兄との件で、あまりにも京都市の教育委員会が動いてくれない為に、京都市の教員としてもし玉子先生がまだ現役ならば、何かアドバイスを頂こうと考え、勇気を出して電話しました。
          小学校を卒業して以来まったくお会いしていなかった玉子先生でしたが、先生の懐かしい声を聞くなり私は思わず涙があふれてきました。
          「さっちゃん元気やったんか?」と先生に声をかけて頂いた瞬間、小学生のさっちゃんに戻ってしまう私がいたのです。
          実は「さちこ」と言う名前は親から名付けられたものだけに、苦しむたびに憎み続けてきた名前だったのです。
          まして他人に「さっちゃん」と一言呼ばれるたびに、一瞬にして電流のように心の中に言いようのない腹立たしさが込み上げるほど、私にとって不機嫌の原因だったのです。
          自分でも気付かない間に、両親に対する憎しみの矛先を自分の名前に転嫁して、「さちこ」の名を憎む事により現実の苦しみを、一つずつ乗り越えてきたのでしょう。
          現在の「岡田ユキ」は、シンガーとしてスタートするときに姓名判断で、上昇する名前ということから私を応援してくださる方が名付けて下さった大切な名前でした。
          ですが思い出とは凄い力があるんですね!
          玉子先生に「さっちゃん」と呼ばれても腹立たしくなくて、むしろもっとその名で私のことを呼んで欲しいと思えたのですから・・・・・

          そこで玉子先生に今までのことを大まかに説明して、教育委員会の仕組みを聞こうと思ったら、いきなり先生も泣き出して「なんて私はバカな教師やったんやろ、さっちゃんごめんな、私を許して」と、言われたのです。
          先生の言葉に逆に驚いた私は、言葉も出せずに受話器の向こうで固まっていたら先生のほうから「あんたがそう言うから今やし言えるけれど、あんたのお母さんと家庭訪問や学校で数回お会いして、正直この人の子どもは大変苦しい思いをしてるのではないか?」と当時から思っていたそうです。
          ですが私が、学校では楽しそうにしているかのように玉子先生の目には映ったらしく「自分の思い過ごしか?」と心の中に芽生えた疑問を引っかかりながらも、流したそうです。
          数年前から始まった同窓会に私の姿はなく、先生は誰に聞いても今の私を知っている人はいないし、気になっていたところに、私から突然31年ぶりに電話があったのだそうです。
          そこで私の今までの波乱万丈の話を聞いて、あの時感じた事はやっぱり当たっていたと言う事、同時に「自分は教師としてとんでもない過ちを犯していた」と思って下さったから私に何度も「ごめんな!許してな!」と電話で詫びて下さいました。
          あの時先生が気付いて、私と母の間に入っていたならば、私の何十年に渡る私の苦しみもなかったのに、と先生の口からそんな言葉を聞いて、嬉しい反面予想してなかった言葉に私はただただ驚いてしまいました。
          この電話でひとつ強く感じた事は、恩師とは血の繋がりはないんだけれど、親に近い人間ないんだな?と言う事でした。
          そして数日後、相模大野(小田急線)に住んでおられる先生に会いに行きました。
          80歳の玉子先生と43歳の私たちは不思議な感じでしたが、先生は私の今までの生き方を全て認めて下さり、「本当によくここまで頑張ってきたね!尊敬しますよ、私の教え子がこんなに立派になって」と泣きながら褒めて下さいました。
          その後、幼少期の私がどんな子供だったのか、昔の写真を引っ張り出して私に見せてくださり、先生は記憶にある限り話してくださいました。
          まるでタイムスリップしたかのように、私自身も見た事のない小学生の自分自身と対面しました。
          そのおかげで先生との話により、私が実の家族から植え付けられてきた私の性格や思い出が、殆ど間違っていたことをその時改めて気づかせてもらいました。
          そして玉子先生は、「さっちゃんの生き方は立派な生き方であり、これからも体験を活かして自信をもって進みなさい」と言って下さいました。
          「しかし無理をせず、寂しいときや悩んだとき、それ以外でもいつでも電話や会いに来たらいいからね!」と言って下さいましたので、それ以来私は先生に甘えています。
          きっとこの気持ちが、親から幼少期にもらう「安心感」なんでしょうね?
          今の私の心はとても穏やかです。
          また玉子先生に会えなかったように、小学校時代の同級生にも会えなかった私が、先生に誘われて同級生の一人に会いに行ったのです。
          それと言うのも同級生の佐藤君は、すっかり青年実業家になっていて全国にレストランをチェーン展開しており、4月6日には芝の東京タワーの前で新店舗を開店することになり、玉子先生が佐藤君からオープン前のイベントに招待されていたので私も先生について行きご馳走していただきました。
          お料理もお店の雰囲気もとても素晴らしく、スタッフの皆さんの心配りに感動して帰ってきました。
          私にとっては小学生の佐藤君ですが、今や「よー社長!佐藤君」でした。
          そんな訳で次なるステップにもう一歩踏み込んで行こうと思います。
          今はしっかりと43年の土台があり安定してきたので、崩れることなく積み重ねていけることでしょう。
          性的虐待をした兄との和解の一歩がなぜか、玉子先生との再開になってしまいました。
          ですが兄や両親との件に関しては、玉子先生も私と一緒に時間をかけてよい形で再開できるように考えようと言ってくださいました。
          そこで一言玉子先生から「さっちゃんがものすごく頑張ってるのはわかるけど、私が現役の時もそうやったけど教育委員会は何もしてくれへんかったわ!」

          岡田ユキ

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          | ユキ通信 | 02:18 | comments(7) | trackbacks(2) | - | - |
          性的虐待の傷を乗り越える為
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            3月8日、京都市教育委員会の総務課のOさんと、電話にて話をしました。
            その結果、今回の私の手紙による依頼は岡田ユキ個人のプライベートなことなので、京都市教育委員会が兄とは対面させる事ができないと返答がありました。
            それは、京都市の意向ですかと質問したところ、Oさんの個人的な判断と責任によって決定したと回答をいただきました。
            今、口頭ではなく、書面での回答をお願いしたいと申しましたところ、書面での回答は出せないとのことでした。
            Oさんの回答に対して私は、今回送らせていただいた手紙による依頼は個人の問題ではなく、児童虐待防止の市民活動団体サークルダルメシアンの活動事例として文章による依頼を書かせて頂いた事を再度、説明しました。
            またなぜ私が今回、京都市の教育委員会に手紙を出したのかと言いますと、事の始まりは5年前に遡ります。
            私は2000年に「みにくいあひるの子どもたち」を早稲田出版社という会社より出版しました。
            この本は私が受けた被虐待の体験、親からの仕打ち、兄からの性的虐待を、私自身を含めての実名を公表することで私の抱えてきた長年の苦しみと痛みから自らを開放するために書いたものです。
            出版前に、原稿を両親や兄の元に送り、「私の人生が親や兄によってゆがめられてきた事を認めて欲しい」と訴え、「一言わびてほしい」とお願いしました。
            何度も手紙と原稿を送り、それを何度も繰り返し、私の方からお願いしたのでした。
            いつまで待っても返事がもらえず、私は両親の心に残っているかもしれない何かに期待して、返事がもらえなければ、この原稿のまま実名で出版しますと手紙で宣言しました。
            本当はここまで私が行動を起こせば、両親や兄から何らかの反応があると期待しての行為だったのですが残念な事に、両親や兄たちからは何の返事も返ってはきませんでした。
            私は、心に深い悲しみをもったまま、最後の賭けとして、実名のまま出版に踏み切りました。
            出版後、多くの方に「みにくいあひるの子どもたち」を読んで頂き、沢山の反響を頂きました。そして、読者のお一人が過去に性的虐待を犯しながらも、教職に付いている兄に対して大変憤慨されたらしく、当時兄が京都市で教職員をしている事を知り、京都市教育委員会へ抗議の電話をかけたという事をその後知らされました。
            その方の抗議の電話が発端となったかは定かでは有りませんが、京都市教育委員会も問題として捉え、私の兄から事情を聞くために呼び出し、、事実確認をしたとの事です。
            その件により兄がどのような処分が下されたかは定かではありませんが、現在も兄は何事も無く教職員として、京都市のある学校で教鞭をとっております。

            また何故私がこの出来事を知ったかといいますと、その当時私には専属のマネージャーがおりました。
            そのマネージャーの元に両親から「兄の人生を私が潰した」と、物凄い剣幕で何度も抗議の電話があったからです。
            当時のマネージャーも叔母夫婦同様、私たち親子の溝を埋めようと私の代わりに私の両親に会いに行って下さり「少しでも岡田の苦しみを理解してやって欲しい」と奔走しておりました。しかし両親は全く聞き入れる様子は無かったとのことです。
            私は両親には連絡先を知らせておりませんでした。しかし私のマネージャーは自分の携帯電話の番号を両親に伝えておりましたので、両親は朝、晩問わず何度も何度もマネージャーの携帯電話に電話をかけてきては、私にぶつけられないストレスを、マネージャーにぶつけ出したのです。
            私はその時マネージャーに対して大変申し訳なく思いました。
            ですが今ここで私が直接電話で話しても私自身気が滅入りますので、私の住んでいる所轄の警察署に事情を説明して介入してもらうことにしました。
            事情を理解していただいた警察の警告により、両親からのヒステリックな電話がやっと止まったのでした。
            ですがその後思いもかけない事が起こりました。
            「みにくいあひるの子どもたち」を出版した早稲田出版社から、今後、この書籍に関して、店頭陳列の撤去をはじめ、積極的に販売していく事を差し控えると連絡がありました。
            その理由は私の両親が依頼した弁護士名で出版差し止め依頼の内容証明郵便が早稲田出版社に送りつけられてきたからです。
            その書面に早稲田出版社の経営者は震え上がったのでした。
            しかし、私は早稲田出版社の対応に疑問を感じました。
            出版前から実名で出す事を知りながら、また実名だから出版するとの契約にも関わらず、
            私の両親から内容証明が送られてきたことによって、「みにくいあひるの子どもたち」の販売を、積極的に出来ないといってきたことです。
            しかしそんな状況にも関わらず、多くの方のご支持を頂いて第一版は完売し、現在まったく在庫の無い状況で、多くの方より再版を望むお手紙やメールを頂いております。契約では初版完売後再版することを条件に出版したにも関わらず、その約束は守られてはおりません。
            私は当時の事情を含め、何が起こったのか、もう一度自分自身で確かめたくなり、京都市教育委員会に連絡をとろうと思いました。
            最初に送った書面と冊子「虐待死をまぬがれて」は、
            「その書面は紛失しました、どこへ行ったのかもわかりません」の一言でかたずけられてしまいました。
            私は、再度書面と冊子を郵送し、京都市教育委員会に連絡したのでした。
            この書面を作るための経費、郵送料、冊子を作るための多くの時間やお金が、
            そこにサークルダルメシアンの仲間一人一人の愛と思いが、詰まっているからです。
            そして、京都市教育委員会のOさんは、「事実確認をしたのちまた連絡する。
            でも年度末なのでね〜」とのお返事でした。

            岡田ユキ

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            | ユキ通信 | 05:45 | comments(13) | trackbacks(1) | - | - |
            性的虐待をした兄との和解の一歩
            0
              私は虐待の本質をご存知ない方からよく、今現在私と実家の家族との関係について聞かれる事があります。
              質問に対して私は「数年に渡り交流が無く、絶縁状態にあります」と答えます。
              ですが虐待問題に無関心な人ほど、「年老いた親なのだから、あなたが折れてあげればすむ問題でしょう?」と簡単に考えているようです。
              昨年池田小事件の宅間元死刑囚の死刑執行の後、私が出した手紙がきっかけとなり東海女子大学の長谷川博一教授とのご縁が出来ました。
              長谷川教授と初めてお会いした日私は、「私が両親や兄たちを断ち切ることは間違っているのでしょうか?」と、教授に質問しました。
              教授は私がした事は心理学的に「里離」「悟り」と呼ばれている行為だそうで、虐待の連鎖を断ち切るためには大変重要なことであり、とても勇気のいる決断に対して「よく頑張ったね」と褒めて下さいました。
              ですが悲しい事に、日本人が潜在的にすりこまれている常識として、私や教授、多くの虐待サバイバーがこのような考え方し、実践していることを一般の人が理解する事は大変難しいのです。
              例えば私が今、両親に会いに行くのは簡単ですが、何の解決も生まず逆に、両親はここ数年私に向けられなかったストレスを一気に返そうとするでしょう。
              またそれに対して私が数年前よりも親のストレスをより受け止められたとしても、其処に何の意味があるのでしょうか?
              実は「みにくいあひるの子どもたち」を出版した後から、叔母夫婦が何度も私の両親に向けて互いの過去を理解するように、高齢にも関わらず足を運んで説得して下さっております。
              しかし残念ながら両親は叔母達の声に耳を傾けようとはしないのです。
              悲惨な事件報道を聞くたびに私は心が痛みます。
              私が今出来る事は、私自身と親や兄妹とが和解出来る新しい方法を実例として作ることが出来れば、少しは犯罪や悲惨な事件の防止になるのではないかと考えました。
              その第一歩として直接両親ではなくて、私に性的虐待をした長男の兄に第三者的な機関に介入して頂いて再会し、その後兄から両親に繋いでもらえれば和解出来るのでは?と考えました。
              以下が京都市教育委員会に送付した手紙の内容です。(固有名詞は伏せてあります)

              京都市教育委員会への手紙はこちら

              岡田ユキ

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              | ユキ通信 | 19:10 | comments(5) | trackbacks(9) | - | - |
              岡田ユキです。
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                ウクレレを弾く岡田ユキ

                皆様はじめまして、昨年「虐待死をまぬがれて」の冊子を出させて頂き、
                多くの反響をいただきました。
                ありがとうございます。
                その後も地域を問わず多くの方々から、ご支援とご協力、またご理解を頂き感謝の気持ちでいっぱいです。
                「虐待」の問題は、根が深く解決に至るまでには長い年月も要します。
                また全国の方々と繋がって行かないと防止や解決も出来ないと思います。
                私たちも頑張りますので、何卒これからも宜しくお願いします。

                岡田ユキ
                | ユキ通信 | 15:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |