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(旧)サークル・ダルメシアンのブログ

トラウマ
0
    幼かったころの
    自分が思い出せない

    小学校のころ
    中学生のころ

    私はいったいどんな人間だったのだろう・・・

    なんシーンか思い出すこともある
    だけど
    それだけ・・・

    他人は言う
    そんな昔のことなんてみんな覚えてないよ
    忘れちゃっているよ

    なら何故思い出そうとするたび
    体の芯から恐怖が湧きあがってくるのか
    息苦しくなるのか
    動悸が激しくなるのか
    泣きたくなるのか

    私にはわからなかった

    数年前までは
    過去を思い出せない自分は
    何か大切なものを欠落した人のような気がして
    苦しかった

    思い出せないと
    いつまでも進めない気がして
    足かせがある気がして
    必死に思い出そうとしたときもあったけど
    結果はいつも同じで
    泣いて終わるのだ

    そして考えるのをやめた・・・
    ときよりくる波には静かに過ぎるのをまった

    先日、ふっっと
    別に思い出せないのならそれでいい
    思い出せようが出せまいが
    いまの私には変わりがないのだから
    急にそう思ったのだ




    すると
    あれ?これが世に言うトラウマってもの・・・?
    そう気づいた・・・


    私は過去のことがトラウマになっていたのだ
    覚えてないから何があったかはわからないけど
    怖い=トラウマ
    らしい

    私は目からうろこが取れたきがした
    そして納得した
    だからあんなに怖かったのかと
    すべてはトラウマのせいなのだ
    私はほっとした
    私自身が欠落しているわけではなかった


    しかし不思議なもの
    トラウマという言葉はちまたにあふれており
    私自身も知っていた言葉だった


    「渦中にいると人はわからないもの」
    ユキさんが教えてくれた

    あぁ・・・本当だな
    中にいるとそれがあたりまえで普通になってしまっているので
    自分がトラウマになっているなんて
    考えもしなかった

    そこでもうひとつ考えた


    私は何故トラウマを抱えているという事を受け入れられなかったのだろうか・・・


    考えた結果多分ではあるけれど、
    トラウマ=不幸な自分を認めたくなかったのだろう

    何故認めたくなかったのか・・・
    不幸と思いたくなかったし
    不幸と思うことは自分を否定している気がして
    不幸じゃない人と壁を感じて
    自分は無価値で無意味な存在だと無意識に思い込んだかもしれない・・・


    「人生はひとつ否定すると全てを否定することになる
    肯定するしかないんだ」
    そう誰かがいっていた

    今までの全ての出来事
    今までの全ての出会い
    悲しみ、苦しみ、喜び、感動
    全てあわせて私であり
    ひとつ否定すれば
    それはもう私自身ではないのだ

    死という存在にぬくもりや安らぎを感じたこともあった・・・だけど
    それも含めて
    全ての経験がいまの私自身を作っている


    自分自身を受け入れるというこうは並大抵なことではないし
    私はまだ向き合い始めたばかり
    頭で考えるのではなく、これから心に刻んでいけたら・・・と思う

    これから
    どんな感情がでてくるのか
    どんな人間性がででくるのか

    ちょっと恐い
    だけど・・・私は負けたくない



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    | メンバー投稿 | 21:09 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
    カウンセリング
    0
      カウンセリングというのは
      ぐちゃぐちゃになった人生の糸をほどく作業をの手伝いをしてくれる人

      カウンセリングを受ければ自分を救ってくれる
      そう思う人がいるかもしれない
      私は救われたと思っている
      ユキさんは私のぐちゃぐちゃな糸を解いてくれた
      でもそれは補助をしてくれる作業で
      実際に動くのは自分

      戦うのは自分自身

      カウンセリングは楽なものではない
      実は何度も逃げたい気持ちになったことがあった

      自分が信じていたものが実は間違って
      無意識に避けていたものを
      バン!!
      っと見せ付けられるのだからそのときのショックは大きい

      今までの世界を否定されるのだから初めは受け入れがたいし
      もしかしたら現実の事実ではなく
      自分自身を否定されていると感じる人もいるかもしれない


      私はおかしい
      苦しい
      助けてほしい
      答えがほしい

      そう思っていてカウンセリングに望んだが
      そんな私でさえ最初はなかなか理解ができなかったのだから
      自分は間違ってない
      と、かたくなになっている人には受け入れられないのかもしれない

      もうひとつは
      私はユキさんとあって
      生まれて初めて
      同じ人に会ったと感じた
      私以外にも私と同じように感じる人がこの世にいる
      そういう衝撃を受けた
      それまでは自分は変な人だと思っていた
      だからあえたことはとても嬉しかった


      自分に向き合えずに、逃げたいと感じたとき
      そんなときは心のこんな声が聞こえた・・
      「やっとここまでたどりついたのに逃すつもり?」
      答えはひとつ
      「逃したくない!!」
      ここで逃したら私は一生めぐりあえないかもしれない
      そんな気持ちが私を支えた


      もし簡単に出会えていたら
      私はすぐに離れていたかもしれない


      だけどユキさんとの出会いは
      もがいて、もがいて
      もがき苦しんでいるとき、やっと出会えたものだから
      絶対に離したくはなかった

      苦しいことがあったからこそ
      今の自分があるのかもしれない
      そう、思えば
      悪いことばかりじゃないな・・・

      そんな気がする




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      | メンバー投稿 | 02:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      ライブ
      0
        まだファンになりたてのころ
        まだ私が自分のことが嫌いで大嫌いで
        まったく自分を信じられなかったころ・・・
        彼のライブに行くたびに私は激しく落ち込んだ
        なぜかというと
        彼のすごさに圧倒され自分のふがいなさを情けなく感じるからなのだ

        進化するライブ・・・

        そう思う。成長なんて表現は足りない
        進化するライブ
        そう呼ぶにふさわしいと思う

        ツアーは全国いろんなところ巡る
        彼のライブは回数を重ねるごとに進化していく
        私は最高でひとつのツアーで4回見たことがある
        内容は基本的には同じなのだけど
        毎回何かが変わっていく
        それは振り付けだったり
        照明だったり
        セットだったり
        みんなの「気」そのものだったり
        とくに最初と最後ではこれが同じものなのか??
        そう思うぐらい違う
        ファイナルなどは
        これだけのセットいつ作ったんだ??
        これだけの照明いつ増えたんだ??
        そのくらい違う
        いつもそれに驚かされる

        「予想を裏切り期待に答える」
        彼はいつも想像以上のことを期待以上のことを届けてくれる
        だから毎回楽しみなのだ


        ライブに触れていると、
        どれだけ彼が必死に舞台を作っているのか
        そういうのが伝わってくる
        そして自分を振り返る
        私はどれだけ頑張っている・・・?
        どれだけ進もうとしている・・・?
        頭がよぎる
        そして落ち込むのだ
        自分は全然頑張ってない・・・
        真剣に生きている人を目の前にして
        いまの自分をとても情けなくおもうのだ

        私も頑張ろう!!
        そう思って会場を後にするのだが・・・
        悲しいかな・・・人はそう簡単に劇的に変われない
        特にマイナスからの脱却はなかなかできない
        頑張ろうと思いへこみ、またへこむ・・
        だから日にちが経つにつれて
        最初に感じた気持ちがだんだん薄れていく
        消えかけそうになったころまたライブを見に行く
        そこでがつーんと衝撃を受ける

        私は何をやっていたのだろう!!
        泣きたいくらい沈む
        そこで最初にまた戻る

        そんなことを何回も繰り返した
        次にライブを見に行くときは前よりももっと成長した姿で行きたい
        そう思うようになるまで、相当かかった
        だけど・・・
        みんながみんな思っているわけじゃなかった




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        | メンバー投稿 | 22:57 | comments(6) | trackbacks(0) | - | - |
        「みにくいあひるの子供たち」を読んで
        0
          私は、家庭内暴力や自分自身妻子に暴力を振るった事は無いので家庭内DVがどれ程の物か実感できませんでした。
          ですから実際に体験していない虐待に関しては、辛い気持ちが判るとかそんな事は、安易に口走る事は出来ないです。
          しかし、私は妻や3人の子供たちとポメラニアンのくるみとセキセイインコのポーちゃんを愛しています。
          ユキさんや千佳さんに先に本の感想を送らせて頂きましたが、それも私の父親概念に基いての事でした。
          そしてユキさんから記事を書いて下さいとの依頼が御座いましたので不精ながら書かせて頂きまた。

          私は、ユキさんの本を読んだとき悪魔の姿を見た様な気持ちでした。一人の親として何故こんな事が出来るのか?理解に苦しみました。両親の気持ちを理解しようとしても私には全く出来ません。また年老いたからと言って責め立てるのは可愛そうという気持ちも全く有りません。勿論、私がご両親を責める理由は何も無いので無責任な意見として読んで頂いても結構だと思います。

          本の中にも記載されていましたが「親の事をこんなふうに書くなんて狂っている」と有りましたが、果たしてそうなのでしょうか?
          私は、年老いても判断力が有るなら自分自身の罪は償う必要が有ると思います。面倒を見るためにお金を寄こせとかそんな事じゃ無く、心から悪かったね!ごめんなさいね!で終わるのです。
          縁起でも無い話をして申し訳有りませんが、もし仮に両親が脳梗塞に成って物事を判断する力が無くなったとします。その時点で有る意味、無に帰ると思います。でも残した罪は軽くは成りません。どんな状態に成っても「ごめんね」が無いと悪魔の状態のままで終わりです。
          脳梗塞を例に例えたのは、私の父が脳梗塞で倒れ癌と壊疽(えそ)も併発しながら既に2年半の入院生活を送っているからです。
          もし両親が、生きているうちに自分の罪を感じて悪かったと思えたとしたら・・・この本は、両親に取って娘からの最も深い愛の贈り物に成ると思います。生前の罪を償う最後のチャンスじゃ無いですか?それまでも拒否する姿は人間じゃ無いです。
          「親は親だから最後は子供が折れてあげてね!」私も無責任ですが、こんな事を言う人は私以上に無責任でしょう。
          もしあなたの愛する大切な人が、80歳に成る老人が飲酒運転をしてひき逃げして死亡したとします。
          相手が老人だからと言って許すことが出来るでしょうか?私は、それ程寛大な人間で無いので殺したいほど憎むと思います。
          罪の意識を反省することは、人間死ぬまで背負って行かなければ成らない事ですし、人間らしく扱うならその時出来る罪の償い方をするべきなのです。
          親に対しての狂った行為じゃ無く、ギリギリの所で期待する部分が有るからこの本を書いたのだと私は理解しています。
          適当に判った振りして両親に合わせる事だって出来ますよ。でもそんなのは愛情でも何でもない虚偽の世界です。
          そういう一般的な親子愛ですら両親は否定されました。美味しい天婦羅をいつも食べていたのは兄であり、ユキさんの食卓に盛られた天婦羅は天婦羅粉と生の食材です。食べるには自分で揚げるほか無いですが、鍋は貸しても油はやらぬという姿勢だと思います。

          寝たきりに成っても自分から手を握ろうとする事は出来ます。それで安らかな気持ちに成って余生を生きた方が良いでしょう。
          入院中の私の父親も他の人から見ると死ぬのを待つだけと思われているかも知れませんが、意識がおぼろに成った状態でも時々、笑ったり嫌がったりします。私は、死ぬまで希望を持って接する事にしています。

          私達の世代の親がみんな子供と真剣に向き合っていたら自殺も無い筈だと思います。子供は、自分の人生の修正ペンでは無く一人の人格です。一流大学に入る事が全てでは無く道端に咲いている花や夕日や海・山が綺麗だと思える気持ちが大切だと思っています。

          では、私から見て死にたいと思っている人に何を訴え掛けているか?という点では、迷っている人に対しての案内役とでも言った方が適切じゃ無いかと思います。この本を読んでユキさんの人生に同情する方も居ると思いますが、私は幸せを掴んだ方だと思ってます。
          数々のご苦労は有ったと思いますが、今のユキさんは不幸な人生を送っている訳じゃ無いです。息子さんを始めとした良き理解者の方々に支えられながら自分で掴んだ幸せですね。
          だからどんな事が有っても人を信じて最後まで諦めない強い気持ちを持って生きてゆく事が必要なんです。
          金銭的に裕福であっても心が貧乏なら幸せは掴めません。今まで辛い事を乗り越えて、今こうして生きている事に自信を持つべきなのです。勇気ある一歩は自分の力で踏み出す事が必要だと思いました。
          私も子供達に失敗を恐れず諦めないで生きて行って欲しいと思います。

          プリティくるみ
          http://loveaed.blog31.fc2.com/

          『NHK週間こどもニュース』の中でAED(自動体外式除細動器)の事が放送される予定です。
          NHK総合テレビ
          放送予定日:11月18日(土曜日)
          時間帯:午後6時10分〜42分
          http://www.nhk.or.jp/kdns/




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          | メンバー投稿 | 11:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          出生
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            「千佳にはね、お兄ちゃんがいたんだよ
            もしお兄ちゃんがいたら
            千佳は生まれてなかったんだよ」

            遠い昔
            そんなことを言われた
            理由は母は最初の子を流産していて
            そのあと私が産まれたのだが
            その間の期間が短かったため
            もし母が流産しなくて男の子を産んでいたなら
            私はいま存在していなかったらしい

            父は明るく楽しそうに話してくれたのだが
            私はすごいショックをうけた

            このころからすでに大きすぎる衝撃の感情を
            箱にしまっていたらしく
            一瞬で衝撃を受けたという記憶が消えた
            そのかわり私はこういった

            「じゃ、私はラッキーだったんだね!!」

            会話は楽しい会話のまま終了した
            きっと父は私がショックを受けたことをいまも知らないし
            自分が話したこともきっと覚えていないだろう


            時は過ぎて・・・
            あれは中学生だったか高校生だったか
            実家で母と私がコタツですわっていた

            どんな話の流れかは定かではないが
            母がまじめな真剣な顔をしてこういった

            「この子は何を考えているのかわからなかったのよね」

            この子とはもちろん私のこと
            私は母の理解を超えた子だったらしい
            私は小さいころ自分がどんな子だったか覚えていない
            遊んだ記憶、いじめられた記憶、少しはあるけど
            ほとんどわからない
            いまでも過去の自分と今の自分とはまったく別のものに思う

            母の真剣な顔、声、表情など今でも鮮明に覚えている
            私は小さいころ本当は母に気味悪がれた子供だったのか
            わけがわからないこどもだったのか・・・
            愛されていなかったのか・・
            私は母に愛されたかった
            だけど・・・

            母としての義務は感じた
            ここまでいうと言い過ぎだろうか・・

            昔、どうしても抱きしめてほしくて求めたことがあったが
            はね返された
            体温を感じたくて触れたこともあった
            でも母はべたつかれることが嫌いだった
            そのたびに振り払われては悲しかった

            小学生のころ
            チャレンジという通信勉強の本を幾度が購入していた
            ある日私は
            「1年契約だと気持ちがだらけるから
            とりあえず3ヶ月とってちゃんと勉強できたらまたとってほしい」
            母に相談した
            母はすこしヒステリックな感じで
            「3ヶ月なんて高すぎる!やるんなら1年契約にしなさい
            その方が安いんだから」
            母の気に負けて結局1年契約になった
            たとえ1年契約が安くても私が勉強しなければ
            結局はただの高いものにしかならない
            それならできないなら3ヶ月でやめた方が私はお金もかからずいいと思った
            母は私の気持ちよりもお金の方が大事なのだ

            もうひとつ小さなころ
            母と喧嘩したことがあった
            私は声をかけられず
            手紙でごめんなさいと母の枕もとにおいた
            それを見た母は
            「紙がもったいないでしょう」
            と私はまた怒られた
            なぜ怒られたかわからなかった
            私の気持ちより紙の方が大事なのが悲しかった

            「長女が一番手がかっている。一番愛情をもらっている」
            そんなことを面と向かって言われても困るのだ
            まるで、もう充分でしょう?わがままね
            そう言われているみたいで
            自分の立場に感謝しなさいと言われているみたいで
            だけど反論する術をしらなくて困惑したまま押し黙ることしかできなかった
            私はなんて長女らしくないんだろう
            なんで長女で生まれてきてしまったんだろう
            そんな風に自分の立場を疎んだ

            本当は結婚なんてしたくなかった働いていたかった。
            涙ながらに話す母
            本当はあなたなんていらなかった・・・
            そう言われている気がした
            私がいなければ働いていられたのかな?
            そんなことも思っていた・・・。




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            | メンバー投稿 | 21:02 | comments(8) | trackbacks(0) | - | - |
            葬式
            0
              数年前に母の母
              私のおばあちゃんが亡くなった

              離れて暮らしていたので、あまり悲しい気持ちにはならなかった
              最後のお別れのときおばあちゃんの肌に触れた
              体はとても硬く冷たかった
              見た目には今にも目を開けそうなのに
              触れると死んでいる事実が押し寄せた

              死んだら硬く冷たくなるんだ・・・
              私は3日間心がもやもやして回復できなかった



              私は自分の興味のあることしか目に入らない
              困るくらい入らない
              目の前で何か起こっていても
              考えことをしていたり、自分の世界に入ってしまうと
              気づかない
              ほんとうに困る
              何故私はこうなのか・・
              悩むことは多かった
              おこった出来事を周りに聞けば
              そんなことも気づかなかったの?
              そんな視線が返ってくる気がした
              ここが自分を信じられない理由の一つでもある




              お葬式は何もとどこうりなく終わった
              と昔は思っていた
              しかしびっくりした事実を知ることになる

              まず母の妹
              学校の先生をやっているので
              関係者がきてもよいはずなのに来なかった
              母の妹自身が
              「絶対に来ないでください」
              そう校長先生にもお願いしたらしい
              だから学校関係者は誰も来なかった

              とにかく身内だけしか集まらなかったらしい

              父の会社の人は全員きてくれたそうだ
              母の母(おばあちゃん)のお葬式なのに
              父の関係者の人の方が多かった

              人数が少なくて棺おけがもてなくて
              父の部下が手伝ったそうだ

              母の2番目の兄は棺おけを持たずに写真ばかりとっていたらしく
              父はなにやっているんだ!!
              と思ったがおばあちゃんの葬式・・・
              自分が口をだすところじゃないと言わなかったらしい・・・

              葬式が終わってだいぶたってから聞いた話
              なんなの・・・
              わけがわからない
              おかしいよ

              そういう私に父は
              「お母さんの家族は閉鎖的なんだよ
              うちの実家は逆に開放的なんだけどね」


              母のおじいちゃんにあたる人・・・つまりは私のひいおじいちゃんになるのだが
              ひいおじいちゃんは畳屋で自分の家業を手伝わせようと
              息子を全部畳屋に育て上げてしまった
              畳屋になった兄弟はみんな独立して畳屋をはじめた
              そしたら近所に畳屋が沢山できて
              あとは客の奪い合い
              兄弟は仲が悪くなり絶縁状態だったと聞く

              母の家族が閉鎖的なのも
              そういうことがあったからかもしれない

              父と母がいつも話がかみ合わないのはそういうことかもしれない




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              | メンバー投稿 | 21:43 | comments(6) | trackbacks(1) | - | - |
              自分の世界
              0
                私は仕事が終わるとどこにも寄らず
                まっすぐに家に帰る子だった
                同期の子とご飯を食べたり遊びに行くのは稀だった
                家に着くと
                母がちょうどご飯が食べれるように準備していた
                私はほかほかのご飯を食べることができた

                これだけみると
                なんて良心的な母親なのだろう・・・
                そう感じると思う

                だけど・・・
                ほかほかのご飯が実は私のためではなく
                母自身のためであり
                一緒に食べるのも母自身のためであり
                けして私のためではなかった・・・
                そう気づいたらどうする?
                出かけることの多くなった私に
                洗い物をしながら、私に背をむけ
                「一人でご飯を食べるのはつまんないのよね」
                そう私に聞こえるように訴えるように
                まるで独り言のように話すようになったらどうする?
                それでも
                「あなたのために準備している」
                そういわれたらどうする?
                反論すると
                「私はなにもいっちゃいけないの」
                お怒られたらどうする?

                出かけること
                遊ぶこと
                楽しむこと
                それらのすべてに罪悪感を抱くようになった私を
                それでもわがままといえるのだろうか・・・

                母は私がうらやましかったんだとおもう
                自分は出かけられない(出かけない)のに
                千佳ばかり遊んでずるい
                母は体力のない人だった、寝ないと体の持たない人だった
                母はそんな自分の体を恨んでいた
                体力さえあればもっともっと違う世界にいけたのに・・・・

                私自身は体力はある方とはいえない
                徹夜はできないし、昔は夜が遅い日が続くと頭ががんがん痛かった
                だから正直友達との付き合いは肉体的に辛かった
                帰るのはいつも終電
                それでも気持ちが一緒にいたい!!そう望んでいた
                また、ひとりだけ早く帰ることに抵抗を感じていた
                疲れるから・・・
                そんな理由で早く帰るのは仲間に入れてもらえない気がして
                必死にくらいついていった

                とにかく必死だった
                徹夜で遊ぶときは眠くならない薬も服用した
                ただあれは私の体にあってないので1、2回でやめたが・・・

                私の体力なんて周りの人に比べれば全然なかった
                私自身、自分の体力のなさに打ちひしがれていたこともあった

                「お母さんはお姉ちゃんの体力に嫉妬しているんだよ」
                妹が教えてくれた
                「え??私は体力なんて自分ではあると思ってないし
                必死に頑張ってぎりぎりなんだよ」
                「それでもできるところがうらやましいんだよ。私には無理だな」

                こんだけ必死に頑張ってそれで嫉妬されるのか・・・
                私はショックだった

                母は友達と付き合いはじめたころ
                「いつか壊れる、金銭的に違う人たちとはうまくいくはずがない。
                そのうち別れていくんだよ」
                「そんなことはない」
                と反論したが聞く耳持たずの状態だった
                きっと母の周りの人たちは壊れてみんな去っていったのだろう・・・
                寂しいひとなのだ。母という存在の人は

                私がますます頻繁に出かけるようになってから
                母はますますヒステリックみたいになった
                よく愚痴るし、よく泣く

                私はこのころまだ、私がお母さんを幸せにするんだ
                という気持ちを抱えていたので

                自分だけが遊びにいくこと
                自分だけが楽しむこと

                そのことにどんどん罪悪感をもつようになっていった
                「お母さんはどこにもでかけられずに家にいるのに
                私ばかり遊んで私は悪い子」
                そんな感情を持つようになった
                だけど気持ちは外の世界に惹かれる
                出て行きたい気持ちと
                出て行きなくない気持ちと
                板ばさみになり苦しかった

                「千佳は今しかないって言って、昔からいつも我慢しないで自分の考えを押しとおす」

                そんなことを何回も言われた
                いわれるたんびにだめな子。といわれているみたいで
                落ち込んだ
                けど、出会いに次はないのだ
                今逃したら、次はない。
                いろんな感情に引っ張られて
                体がちぎれそうだった

                「私は2年しか遊べなかったんだから!!」

                母はそう私に訴えるように話す
                まるであなたはもう十分遊んだ
                だから少しは遊ぶことをやめなさい
                そんなメッセージを感じた

                だけど私はいま始まった
                やっと見つけたのだ
                やっと私は人並みに遊んでいる
                そう感じていたので遊びたい気持ちが
                最終的にはいつも勝っていた
                私は罪悪感を抱えながら出かけた
                だから家を出るときと
                家に帰るときがとても辛く怖かった
                またあのため息を聞くと思うと
                心が潰れそうだった



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                | メンバー投稿 | 11:33 | comments(8) | trackbacks(1) | - | - |
                母の愚痴
                0
                  母はとても愚痴の多い人だった
                  まず父のことそして兄弟のこと
                  男社会で女性差別のこと
                  そして自分の人生に対する不満が満載だった

                  きっと母はいわずにはいられない人だったのだろう
                  同じことを何度も何度も繰り返し
                  何度も何度も泣く

                  小さいころから父の愚痴ばかり聞いていた私は
                  父こそが悪の根源であり
                  いつかは私がお母さんを幸せにするんだと
                  本気で考えていた

                  3人兄弟の一番上の私は
                  ちっとも長女らしくないと思う
                  長女といえばしっかりとした子というイメージだけど

                  学校の成績は最低 
                  いじめにもあったし
                  人付き合いはかなりヘタ

                  そして親には千佳はすぐに甘えるすぐに頼る
                  そういいつづけられた

                  だけどどこが甘えているのか
                  その説明はなかった
                  もしかしたら言われていたかもしれないが
                  理解できていなかったとおもう

                  ちゃんと考えなさい

                  そういわれてもどこがちゃんとなのか、どうすればちゃんとなのか
                  わからなかった

                  私と母は根本的に何かが違っていた
                  母のいうことはたまに意味がわからなかった
                  私には難しい説明だった


                  兄弟は母の愚痴を疎んだ
                  母は
                  「私は愚痴もいっちゃいけないの」
                  そう、また泣くのだ

                  私は私しか聞く人がいないから・・・
                  そう我慢して聞いていた

                  社会にでて数年まではそれで見た目にはうまくいっていた

                  うまくいかなくなったのは
                  私が私の世界を作り出し初めてからだと思う




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                  | メンバー投稿 | 21:14 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
                  藤原のとりあえず日記
                  0
                    故ジョージ川口さんのドラムセット

                    皆さまこんにちは!
                    さいきん雨と湿気のダブルパンチが続いてふやけております。
                    そんなころ僕は事情と私情のダブルパンチで地元に帰ることを決心しました!
                    いきなりですけど!
                    内容は親の仕事が新しい展開で忙しくなるので手伝いに行くという感じです!
                    いや〜、まぁしかし、ドラムは叩き続けようと思っております。
                    自分のスタイルで音には触れていたいので、いままでと同じようにCDも聴きまくり状態になってるはずです。地元に帰ってもこのブログは更新していきますんでよろしくお願い致します!!
                    東京にいる間いろいろとお世話していただいた方々ほんとにありがとうございました!!特にサークルダルメシアンのみなさんには音楽のことはもちろん人として大切な部分を学びました。
                    代表ユキさんを頼って東京に来て良かったと思ってます!僕という人間をここまで伸ばしていただき、いろんなことに自信がつきました!ほんとにありがとうございます!
                    感謝してます!
                    事務局長カイトさんには音楽からいろいろなノウハウ、知識を教えていただきました!
                    川口雷二さんのボーヤをして素晴らしいミュージシャンを目の前で見れたり、ジョージ川口さんのドラムセットに座らせてもらえたりといろんな経験をさせてもらいました!
                    あと新しいボーヤも募集されてます。
                    ほんとにいろんなことが学べるんでドラムを本気で演っている方、ほんまにいまがチャンスです!厳しいですけどその分学べます!
                    興味のある方は担当、藤原まで。gomugomuno@ezweb.ne.jpです。
                    どうぞよろしくお願い致します!
                    岸さんには、ロックからジャズまでいろいろ教えていただきまして、あとライブも一緒にさせていただきありがとうございます!
                    ほか多くのサークルの皆さん、ほんとにみなさんにはお世話になりました!
                    地元に帰ってもこの3年の経験を活かし続けたいと思います。感謝してます!
                    うれしいことにサークルダルメシアン関西支部を僕が立ち上げることになりました!
                    関西の方でもサークルの活動を知ってもらう為に僕がリーダーとして今後はやっていきます!
                    みなさまどうぞよろしくお願いします!
                    もう帰る日がそこまで来てるんですけど東京という景色を目に焼き付けて帰るつもりです!
                    と言いながら活動報告をかねて、お盆と正月には第2の故郷、ここ東京に戻ってくるつもりです。
                    それではみなさんまたブログでお会いしましょう!
                    ではでは!!



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                    | メンバー投稿 | 14:01 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
                    藤原の独り言3
                    0
                      ご無沙汰しておりました!
                      夏バテでしっかりなまけておりました。
                      大変でございます。
                      えっと以前はウォーミングアップしてからというお話でした。
                      いまはウォーミングアップするよか夏バテでございます。
                      しっかりせなあかんとおもてます。 こうも暑いと身体がいうこときいてくれません!
                      そんな時は涼しい部屋で好きな音楽を爆音で聴きまくるっ!
                      これは気分も良くなるし、素直に細かい音も聴けて案外聴き慣れてる音源でも新しい発見があったりします。
                      気分もノレてきたら、さっきはバテバテの身体やったのに身体がリズムを感じて動きだす!
                      ってな感じで身体から動かすんじゃなく、気分的に自然に動かす。この季節にはぴったりなドラム練習になったりします。
                      よく僕が使う手でございます!


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