RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
みにくいあひるの子供たち―いま死にたいと思っているあなたへ
みにくいあひるの子供たち―いま死にたいと思っているあなたへ (JUGEMレビュー »)
岡田 ユキ
ついに完成しました。
Amazonからご購入の方はこちらからどうぞ
RECOMMEND
RECOMMEND
Canon インクタンク BCI-7e 4色マルチパック
Canon インクタンク BCI-7e 4色マルチパック (JUGEMレビュー »)

事務局備品購入用リンク
カンパも宜しくお願いします
RECOMMEND
Live at Tavern 213
Live at Tavern 213 (JUGEMレビュー »)
Randy Bernsen
岡田ユキの10年来のお友達です
RECOMMEND
市民自治の可能性―NPOと行政我孫子市の試み
市民自治の可能性―NPOと行政我孫子市の試み (JUGEMレビュー »)
福嶋 浩彦
我孫子市長福嶋浩彦氏の新著です。
住民参加の自治が社会をより良くするための試みが紹介されています。
皆さんにお薦めします。
RECOMMEND
Canon インクタンク BCI-3eBK ブラック
Canon インクタンク BCI-3eBK ブラック (JUGEMレビュー »)

事務局備品購入用リンク
カンパも宜しくお願いします
RECOMMEND
拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる
拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる (JUGEMレビュー »)
関岡 英之
建築基準法の改正や半世紀ぶりの商法大改正、
公正取引委員会の規制強化、
弁護士業の自由化や様々な司法改革…。
これらはすべてアメリカ政府が彼らの国益のために
日本政府に要求して実現させたもので、
アメリカの公文書には実に率直にそう明記されている。
近年の日米関係のこの不可解なメカニズムのルーツを探り、
様々な分野で日本がアメリカに都合のいい社会に変えられて来た経緯を、
アメリカの公文書に則して明快平易に描く。(アマゾンより)
RECOMMEND
SANWA SUPPLY JP-S100CA4 インクジェットプリンタ用紙 (カラー A4/100
SANWA SUPPLY JP-S100CA4 インクジェットプリンタ用紙 (カラー A4/100 (JUGEMレビュー »)

事務局用備品購入用リンク
経費のカンパもお待ちしています
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
The Dalmatian: An Owner's Guide to a Happy Healthy Pet (Owner's Guide to a Happy Healthy Pet)
The Dalmatian: An Owner's Guide to a Happy Healthy Pet (Owner's Guide to a Happy Healthy Pet) (JUGEMレビュー »)
Patti Strand, Rod Strand, Macmillan General Reference Howell Book House
ダルメシアン:飼い主の幸せに健康的にペットを飼う方法
RECOMMEND
Dalmatians Today
Dalmatians Today (JUGEMレビュー »)
Patches Silverstone
今日のダルメシアン
RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

04
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--

(旧)サークル・ダルメシアンのブログ

世代間の負の連鎖を断ち切る
0
    私の体験に限らず、戦後の日本人の家庭教育は大変な間違いがあったように思います。
    先日もある勉強会で講師の先生の幼少期の体験を話していただきました。
    その体験というのが、親には大変可愛がられて育ったものの、学童疎開があったり、道を行けばいろんなところに人間の死体があり、その死体をまたいで通ったなどど話しておられました。
    私はそのお話を聞いていて大変恐ろしいと感じました。
    なぜならば、幼少期から人間の死体が子供の身近なところに転がっていて、その死体をまたぐことが出来る感覚とは、私からすれば「異常」と言う他ありません。
    しかしこの先生は幼少期から何度も人間の死を目の当たりにされて、その時の体験が先生の人格を形成していく上で、根本にもなってきたことでしょう。
    私たちはそのような年代の親たちに育てられてきたと言う事を、決して忘れてはいけないということです。
    戦争という異常な体験を持つ親に育てられてきた私たちの年代は、親の言うことがさも正しいように子供時代から教えられてきました。
    しかしその教育の中にはかなりの矛盾点があります。
    そして私が多くの人に今声を大にして言いたい事は、日本には「悪い親」が多すぎると言うことです。
    そこから始めない限り、現代社会の問題の原因を知る事はできないと私は考えています。
    同時に日本復興と共に「無責任な大人」も多く生み出してしまいました。
    今思えば、私たちが学校教育を受けてきた恩師と呼べる方々も本当に「恩師なのか?」疑問です。
    私が過去に書きましたブログの記事で、「恩師との再会」があります。
    しかしその記事にはまだ続きがあるのです。
    私の小学生時代の恩師、玉子先生は80歳の高齢です。
    ですが、私の苦しみを知り過去に自分が私と母の間に教師として介入していればよかったのに?と後悔してくださいました。
    その後先生と幾度となく電話で話していますと、先生の口から驚く言葉が出てくるのです。
    「いくら酷い母親でも親は親だから、いつかは母親と和解をしなさいね!」と平気で私に言われるのです。
    しかしよくよく考えてみると、そう思うのであれば「じゃあ玉子先生が私と両親の間に立って橋渡しをするべきでは?」
    と思います。
    私がなぜ玉子先生に数十年ぶりに連絡をして苦しみを先生に吐き出したのか?
    全く理解されていない「無責任さ」にあきれてしまいます。
    悲しいことに玉子先生は、きっと何も気付いていないのでしょう。
    それだけ80歳という年齢は重ねていても、人間力として考えると自分の事しか考えられないのです。
    ではなぜ他人を思いやれないのでしょうか?
    そこには玉子先生が現実から逃げた過去があるからです。
    玉子先生は私の母校に赴任される前、結婚をされていたそうです。
    夫婦の間には一人息子さんがいたそうです。
    しかし先生の結婚生活は幸せではなく、ご主人があまりにもだらしのない人だったために離婚を決意されたそうです。
    離婚の条件としてご主人から、一人息子を置いてゆく事を言い渡されて、仕方なく先生は息子さんを手放されたそうです。
    それ以来息子さんとは二度と会うことなく、結果「息子を捨てた」という後悔で長年苦しんできたのだそうです。
    その息子さんに対して「許して欲しい」と願う思いが、私が自分の親を許すことで過去の教師としての過ちも消え、また先生が捨てた息子さんに許されるような気持ちに転嫁して、楽になりたいのでしょう。
    しかし私から言わせれば、どうして私が先生の過去までも背負わなければいけないのか?ということです。
    また玉子先生のように、息子を捨てなければいけない母親の感覚は、私には理解できません。
    どのような状況になっても母親になったのだから、たとえ夫婦関係が上手くいかず自分が楽になりたいと思っても息子を捨てる決断をするのは、私は間違っていると思います。
    私の周りにも玉子先生と同じ状況で子供を捨てて離婚している人がいます。
    彼女たちは決まって「仕方がなかった」という言葉を使います。
    そして私の前で、我が子を思い出してはさも自分が悲劇の主人公のようになります。
    私からすると「仕方がなかった」というのは言い訳であり、「自己中の身勝手」としかいいようがありません。
    自分が強ければ、母親としての自覚があれば、いくらでも選択肢があったと思います。
    現に私を含め、多くのシングルマザーは苛酷な現実と向かい合いながら、必死で子育てをし母親としての責任を果たしています。
    中には別れた夫と裁判をおこしながら我が子を自分の手で育てたいと、必死で戦っている母親の姿もあります。
    この玉子先生と私の関係はほんの一つの事例に過ぎませんが、このような関係が、現代の悪い日本を作ってきた原因の一つだと私は考えています。
    私たち現親世代が、シルバーと呼ばれている世代に責任を取らされる生き方を一日も早く気づいて、彼ら自身に責任を取ってもらわなければいけないのです。
    日銀問題や、薬害エイズ、年金流用問題他、どうして私たちの年代が問題を背負わされて責任をとる必要があるのでしょうか?
    そこをしっかりと見極め、断ち切っていかない限り、私たちの大切な子供たちがどんどん狂ってしまうのです。
    私の元にカウンセリングを受けにこられる方々の苦しみの原因は、「悪い親」と「無責任な大人」の責任を転嫁されてきた純粋な子供たちばかりなのです。
    「虐待死」事件や「放火殺人」、「親殺し」はこの辺でもうやめにしませんか?

    岡田ユキ


    投票をお願いします

    | ユキ通信 | 13:47 | comments(1) | trackbacks(1) | - | - |
    恩師との再会
    0
      先日31年ぶりに私の小学校5,6年時代の担任だった、玉子先生とお会いしました。
      実は、1999年に私が卒業した小学校の校舎が取り壊されることになり、それをきっかけに6年生時代のクラスの同窓会の案内が来ていたのです。(ちなみにこの小学校は都はるみさんの母校でもあります)その後も校舎が新しくなり、ほぼ2年に一度同窓会が開催されることになったのです。
      私自身どんな顔をしてみんなに会えばいいのか?
      同窓会の案内をもらうたびに戸惑い、その結果何度も無視してきました。
      しかし今回、ブログに書きました「性的虐待をした兄との和解の一歩」や「性的虐待の傷を乗り越える為」の兄との件で、あまりにも京都市の教育委員会が動いてくれない為に、京都市の教員としてもし玉子先生がまだ現役ならば、何かアドバイスを頂こうと考え、勇気を出して電話しました。
      小学校を卒業して以来まったくお会いしていなかった玉子先生でしたが、先生の懐かしい声を聞くなり私は思わず涙があふれてきました。
      「さっちゃん元気やったんか?」と先生に声をかけて頂いた瞬間、小学生のさっちゃんに戻ってしまう私がいたのです。
      実は「さちこ」と言う名前は親から名付けられたものだけに、苦しむたびに憎み続けてきた名前だったのです。
      まして他人に「さっちゃん」と一言呼ばれるたびに、一瞬にして電流のように心の中に言いようのない腹立たしさが込み上げるほど、私にとって不機嫌の原因だったのです。
      自分でも気付かない間に、両親に対する憎しみの矛先を自分の名前に転嫁して、「さちこ」の名を憎む事により現実の苦しみを、一つずつ乗り越えてきたのでしょう。
      現在の「岡田ユキ」は、シンガーとしてスタートするときに姓名判断で、上昇する名前ということから私を応援してくださる方が名付けて下さった大切な名前でした。
      ですが思い出とは凄い力があるんですね!
      玉子先生に「さっちゃん」と呼ばれても腹立たしくなくて、むしろもっとその名で私のことを呼んで欲しいと思えたのですから・・・・・

      そこで玉子先生に今までのことを大まかに説明して、教育委員会の仕組みを聞こうと思ったら、いきなり先生も泣き出して「なんて私はバカな教師やったんやろ、さっちゃんごめんな、私を許して」と、言われたのです。
      先生の言葉に逆に驚いた私は、言葉も出せずに受話器の向こうで固まっていたら先生のほうから「あんたがそう言うから今やし言えるけれど、あんたのお母さんと家庭訪問や学校で数回お会いして、正直この人の子どもは大変苦しい思いをしてるのではないか?」と当時から思っていたそうです。
      ですが私が、学校では楽しそうにしているかのように玉子先生の目には映ったらしく「自分の思い過ごしか?」と心の中に芽生えた疑問を引っかかりながらも、流したそうです。
      数年前から始まった同窓会に私の姿はなく、先生は誰に聞いても今の私を知っている人はいないし、気になっていたところに、私から突然31年ぶりに電話があったのだそうです。
      そこで私の今までの波乱万丈の話を聞いて、あの時感じた事はやっぱり当たっていたと言う事、同時に「自分は教師としてとんでもない過ちを犯していた」と思って下さったから私に何度も「ごめんな!許してな!」と電話で詫びて下さいました。
      あの時先生が気付いて、私と母の間に入っていたならば、私の何十年に渡る私の苦しみもなかったのに、と先生の口からそんな言葉を聞いて、嬉しい反面予想してなかった言葉に私はただただ驚いてしまいました。
      この電話でひとつ強く感じた事は、恩師とは血の繋がりはないんだけれど、親に近い人間ないんだな?と言う事でした。
      そして数日後、相模大野(小田急線)に住んでおられる先生に会いに行きました。
      80歳の玉子先生と43歳の私たちは不思議な感じでしたが、先生は私の今までの生き方を全て認めて下さり、「本当によくここまで頑張ってきたね!尊敬しますよ、私の教え子がこんなに立派になって」と泣きながら褒めて下さいました。
      その後、幼少期の私がどんな子供だったのか、昔の写真を引っ張り出して私に見せてくださり、先生は記憶にある限り話してくださいました。
      まるでタイムスリップしたかのように、私自身も見た事のない小学生の自分自身と対面しました。
      そのおかげで先生との話により、私が実の家族から植え付けられてきた私の性格や思い出が、殆ど間違っていたことをその時改めて気づかせてもらいました。
      そして玉子先生は、「さっちゃんの生き方は立派な生き方であり、これからも体験を活かして自信をもって進みなさい」と言って下さいました。
      「しかし無理をせず、寂しいときや悩んだとき、それ以外でもいつでも電話や会いに来たらいいからね!」と言って下さいましたので、それ以来私は先生に甘えています。
      きっとこの気持ちが、親から幼少期にもらう「安心感」なんでしょうね?
      今の私の心はとても穏やかです。
      また玉子先生に会えなかったように、小学校時代の同級生にも会えなかった私が、先生に誘われて同級生の一人に会いに行ったのです。
      それと言うのも同級生の佐藤君は、すっかり青年実業家になっていて全国にレストランをチェーン展開しており、4月6日には芝の東京タワーの前で新店舗を開店することになり、玉子先生が佐藤君からオープン前のイベントに招待されていたので私も先生について行きご馳走していただきました。
      お料理もお店の雰囲気もとても素晴らしく、スタッフの皆さんの心配りに感動して帰ってきました。
      私にとっては小学生の佐藤君ですが、今や「よー社長!佐藤君」でした。
      そんな訳で次なるステップにもう一歩踏み込んで行こうと思います。
      今はしっかりと43年の土台があり安定してきたので、崩れることなく積み重ねていけることでしょう。
      性的虐待をした兄との和解の一歩がなぜか、玉子先生との再開になってしまいました。
      ですが兄や両親との件に関しては、玉子先生も私と一緒に時間をかけてよい形で再開できるように考えようと言ってくださいました。
      そこで一言玉子先生から「さっちゃんがものすごく頑張ってるのはわかるけど、私が現役の時もそうやったけど教育委員会は何もしてくれへんかったわ!」

      岡田ユキ

      投票はこちら
      | ユキ通信 | 02:18 | comments(7) | trackbacks(2) | - | - |